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2020年2月 7日 (金)

松重閘門(まつしげこうもん)

FineCity(ファインシティ)から南約1900mには、松重閘門があります。
松重閘門(まつしげこうもん)のことが、先日の新聞に載っていました。

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中川運河と河川を結ぶ水上のアクセスポイント
 中川区西日置町にある松重閘門(まつしげこうもん)は、かつて堀川と中川運河を結んでいた閘門です。
東西に90メートル隔てて建っている合計4基の塔が目印で、その中央には現在、名古屋を南北に走る幹線道路の江川線と、名古屋高速が通っています。

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 名古屋を南北に流れる堀川は、江戸時代初期、熱田の「宮の渡し」と名古屋城を結ぶための物流経路として生まれ、城下町ナゴヤの発展に大きく貢献しました。
しかし明治維新後、産業の発展に伴って堀川が手狭になり、新たに「東洋-の大運河」とうたわれた中川運河が誕生しました。

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 松重閘門は、堀川と中川運河をつなぐ開門として作られました。
1930(昭和5)年から建設され、翌年の1931(昭和6)年に使用が開始されました。
中川運河が全線開通したのは、そのさらに翌年のことです。
 閘室の長さは約90メートルで、40トン級の船舶なら最大10隻まで同時に利用が可能。
水位の低い中川運河と水位の高い堀川を結ぶ水路の重要なアクセスポイントとして利用されました。
通行時間は最大30分だったそうです。
 中川運河は、1967(昭和42)年には年間で3万2千隻の船が航行するなど、名古屋経済の大動脈として活躍しました。
しかし、次第に物流の主役は水路から陸路に移り、中川運河を航行する船は急激に減少しました。
松重閘門は1976(昭和51)年にその役目を終えることになりましたが、住民の希望により存続されることになりました。

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高さ20mを誇るヨーロッパ風の尖塔
 松重閘門は、名古屋市役所の設計も担当した、名古屋市役所土木建築係の藤井信武によって設計されました。
4基の尖塔には、ひさしや三角形の屋根など、中世ヨーロッパの城を思わせるデザインが施されています。
 塔は鉄筋コンクリート製で、一部には花崗岩を使用。
高さは20メートルほどあり、塔の一辺は4メートルほどあります。
 廃止後、閘門自体はコンクリートで埋め立てられましたが、塔はそのまま残されました。
そして、1986(昭和61)年には名古屋市の文化財に指定され、続いて1993(平成5)年には都市景観重要建築物に指定されました。
現在、周辺は公園として整備されています。
 建設から90年近くを経た松重閘門。
当時は高い建物自体が珍しく、非常に目立つ存在でした。
 今では、より高さのある建物が周囲に建つなど、周囲の風景は大きく様変わりしました。
そんな近代化された町並みの中になって、変わらぬ松重閘門の姿は、道ゆく人に憩いを与え続けています。

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閘門(こうもん):運河などで水位の高低差があるとき、水量を調節して船を通行できるようにする堰(せき)のこと。2つの閘門で囲まれた空間を「閘室」という。

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