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2019年1月 4日 (金)

親しまれ進化続ける(名古屋駅周辺)

FineCity(ファインシティ)から西約800mに名古屋駅や駅前高層ビル群があります。
先日の新聞に記事が載っていました。

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 クリーム色に見える地上6階建ての建物が、遠くにたたずんでいる。
1937年の完成時に「東洋一」の規模と評されたかつての名古屋駅だ。
45年の空襲で一帯は焼け野原になったが、鉄筋コンクリートの堅固な駅舎は一部が焼けながら戦後まで耐えた。
 「立派な駅が残って、本当に良かった」。
駅近くに住む中村区の交通ライター徳田耕一さん(65)は、両親からこう聞かされて育った。
 駅の地下には戦前から銭湯があった。
幼少期の徳田さんも、近所の街の銭湯が混んでいるときは駅へ。
夜行列車を降り立った旅行者が大勢いて、みんな背広などを着ておしゃれだった。
「あか抜けていた。非日常の優雅な体験ができる場所だった」と徳田さん。
戦火をくぐり抜けた駅舎は、高さ200m超のツインタワーの駅になる90年代まで市民に親しまれ続けた。
 写真の左手に見える広小路通には市電が走っている。
灯火管制が敷かれた戦時中も、照明に黒幕をかぶせて動き続けた市民の足。
沿線で生まれ育った山田清次さん(89)は「戦争のさなかもよく走ってくれていた」と懐かしむ。
戦時中から戦後にかけ、旧制中学や専門学校への通学で毎日揺られた。
 やがて地下鉄が整備され、市電は74年に惜しまれながら姿を消した。
名駅一帯もビルが次々と乱立し、風景は様変わり。
「すっかり民家も少なくなった。こうして街は進歩していくものなんだろう」。
しみじみ語る山田さんの視線の先で、今度はリニア中央新幹線開業を見据えたピル建設のつち音が響いている。

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