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2015年11月24日 (火)

堀川(4) 水上スナック

FineCity(ファインシティ)から南約300mに、納屋橋があります。
その納屋橋の昔の様子が、先日の新聞に載っていました。

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150731a 円い窓に木製のかじ、世界地図。
近くをボートが通り過ぎると、天井からつり下げられた浮き玉の照明がゆらゆらと揺れた。
 金納(きんのう)千歌子さん(67)が営んでいたスナックは、堀川に架かる納屋橋の北東角(中区鍋)に停泊する船の中。
「川は臭かったけど、店内は大丈夫。船ならではの面白さがあったわね」
 「名古屋唯一の水上スナック」をうたった店は、もともとは料理店だった。
金納さんの父山田久太郎さんは、キャバレーで大成功を収め「夜の帝王」と呼ばれた山田泰吉の弟。
久太郎さんも終戦後、現在の白川公園(中区)辺りに駐留していた連合国軍総司令部(GHQ)の米兵向けキャバレー「メイフラワー」などで成功し、船を買った。
1951(昭和26)年に料理店を始めたのは、久太郎さんと離婚して船を手にした、金納さんの母君子さんだ。
主力メニューはかきフライやかき鍋。
キャバレーの男性客とホステスが連れ立って来店し、大いににぎわった。
だが、59(昭和34)年の伊勢湾台風で転覆。
店内はヘドロまみれになった。
 君子さんはあきらめず、船を買い替えて今度はスナックを経営した。
75(昭和50)年ごろから、体調を崩した母に代わり、金納さんが切り盛りした。
 納屋橋の東詰めから階段を下り、桟橋を渡って店に入る。
33m2の店内には、カウンター12席と4人座れるテーブル席が2つあった。
増水時には桟橋が傾き、水位があまりに高まると岸に届かなくなることも。
悪天候の日は早めに店を閉めた。
 干潮では川底に船が付いて傾き、棚の戸が勝手に開いたり、エアコンの水が滴ったり。
お客さんもテーブルなどにつかまって歩いた。
酒に酔って桟橋で吐く客もいたし、千鳥足でふらついたのか川に落ちた女性もいた。
 常連客だった元名古屋電機工業社長の服部正裕さん(67)は「窓から堀川が見え、落ち着いた雰囲気だった。紹介した人はみんな気に入ってたよ」と当時を振り返る。
 水上スナックが姿を消したのは、昭和が終わって間もない95年ごろ。
川沿いの護岸整備に伴い、長い歴史に幕を下ろした。
堀川の別の場所での営業も検討したが、「お客が名駅に歩いて帰れる場所じゃないと」と断念した。
金納さんは現在、中村区でうなぎ料理店「うな久」を営んでいる。
 納屋橋周辺は今、テラス席のあるしゃれた飲食店が並び、かわいらしい花々が遊歩道を彩る。
「すっかり変わっちゃって・・・。もっと続けたかったけど、今の雰囲気とは合わないね。昔は汚かったけれど風情はありましたよ」。
金納さんは寂しげにほほ笑んだ。

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