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2015年11月28日 (土)

堀川(6) 納屋橋ブルース

FineCity(ファインシティ)から南約300mに、納屋橋があります。
その納屋橋の昔の様子が、先日の新聞に載っていました。

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 「明日、ここをたって国の若狭に帰ります。それじゃあ、ごめんなすって」。
故高倉健さん扮する博徒が振り返り、さっそうと橋を渡っていく。
ひそかに彼を慕う女侠客役の藤純子(宮司純子)さんが、名残惜しそうに見送る。
1969(昭和44)年公開の映画「緋牡丹(ひぼたん)博徒 花札勝負」の一場面。
8作シリーズの第3作で、堀川に架かる五条橋周辺もロケ地となった。
 映画に店の看板が登場する仕出し店「近繁」を家族で営む周防孝子さん(73)は「遠巻きに撮影を眺める人だかりができて。藤さんを見て『いい女だなあ』と漏らす人もいたねえ」と懐かしむ。
 当時、名古屋でのロケは珍しかった。
配給した東映の元社員伊藤公夫さん(78)=北区八代町=は「ほとんどが京都の撮影所で撮られていた」と振り返る。
 五条橋西側は、円頓寺商店街の庶民的な雰囲気が漂い、商店で働く若者や水上生活者らが疲れを癒やした銭湯「弁慶湯」もあった。
伊藤さんは「石畳や銭湯など、趣があった。名古屋の有力な直営館が働き掛けたのかもしれない」とロケ地に選ばれた理由を推測する。
 五条橋から南に900m下った納屋橋では、ご当地ソングとして「納屋橋ブルース」が作られた。
69年にレコードを売り出した日本コロムビアで当時、名古屋勤務だった三谷順一さん(68)は「地元ではよく売れて、盛り上がりました」と掘り返る。
 車に紅白幕を垂らして通りをパレードしたり、歌唱コンテストを開催したり。
今も「レコードが手に入らないか」との問い合わせが寄せられる。
 レコードジャケットには、納屋橋のたもとに立つ飲食ビルの写真が使われた。
撮影したのは、そのビルを経営していた故丹坂和義さんだ。
写真が趣味で、公募で選ばれた。
 丹坂さんの父は終戦後、納屋橋のたもとで米兵向けのダンスホールを開設。
その後も、大衆演劇の劇場などを開き、一家は橋とともに歩んだ。
 へ栄町から想いを抱いて 逢いに来たのよ来たのよ橋の角
 丹坂さんは自宅でレコードをかけるたびに「ええ曲なんや」と誇らしげにつぶやいた。
納屋橋を知らない人には、歌を紹介して「古賀政男の作曲でね」と自慢した。
 納屋橋をめぐっては、その後もチェリッシュが「セピア色・納屋橋」を発表し、平成に入ってからも「納屋橋ワルツ」などの曲が生まれている。
 丹坂さんの長男和弘さん(50)も、橋とともに育った。
「時代は変わっても、都市を流れる水辺は絵になります。創造意欲をかき立てられますよね」。
そう言って、街の婆を映す流れを見つめた。

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