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2015年8月 6日 (木)

「菓子広告」新道 観光資源に

FineCity(ファインシティ)から北約1300mに、新道の菓子問屋町があります。
先日の新聞に記事が載っていました。

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150321

 菓子産業が集まる西区の新道かいわいを新たな観光スポットにしようと、地元のまちづくり団体が具体策の検討に乗り出す。
あめ作り体験など特色を生かした取り組みによって、かつて「菓子王国」と呼ばれた地域の情報発信力を強める。
近くの円頓寺商店街などと連携し、観光客も楽しんで歩き回れるまちづくりを目指す。
 新道の盛り上げに一役買うのは、円頓寺商店街振興組合など13団体で作る「四間道・那古野界隈まちづくり協議会」。
4月から、この協議会に若手の菓子業者らでつくる愛知県菓業青年会が加わる。
 菓子メーカーや問屋などで、あめ細工やせんべい作りなどの体験ができるようにしたり、見学できる製造現場を地図でまとめたりするなど今後できそうな取り組みをリストアップし、実現可能かどうか話し合っていく。
 新道は戦後、菓子問屋が軒を連ね、仕入れに訪れる各地の菓子業者らでにぎわった。
しかし、スーパーやコンビニの普及などで駄菓子屋が減少し、廃業する問屋が相次いだ。
 地元の老舗菓子問屋などによると、かつて100軒以上あった問屋は現在は20軒程度。
あめ菓子などを作る業者も多く集まっていたが、郊外に移転するなどして減ってしまった。
 青年会の渡辺浩行会長(32)は「西区の菓子は昔ながらの文化。愛知、名古屋と言えば菓子というイメージを強めていきたい」と話している。

新道かいわいの菓子産業
菓子業界紙「食品産業新報社」(西区新道2)によると、この地域の菓子産業は江戸時代の名古屋城にさかのばり、明治維新で職を失った武士が参入して広がったとされる。
1923(大正12)年の関東大震災や太平洋戦争の空襲で打撃を受けた東京に代わって、名古屋に注文が集まり、菓子問屋街が形成されていった。

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