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2015年7月11日 (土)

笈瀬通、おいせのかっぱ伝説

FineCity(ファインシティ)から西約1300mに、笈瀬通があります。
先日の新聞に記事が載っていました。

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150322oise3  家電量販店や居酒屋が立ち並ぶ名古屋駅西地区(名古屋市中村区)。
駅から南西方向に500mほど歩くと、かっぱの銅像が2体立っている。
名古屋市を南北に走る笈瀬通。
南を向いて優しげな表情を浮かべる銅像を珍しがって、ときどき立ち止まった観光客が写真を撮る姿も。
 「昭和のはじめまで、笈瀬通には川が流れていたんです。子どもが遊んだり、貝や魚を取ったりもしたんですよ」。
地元の郷土史家の山田芳信さん(83)が教えてくれた。
 通りの途中に立つかっぱの銅像は、1999年に建てられた。
「笈瀬川」と呼ばれる川が通り沿いに流れていた時代のかっぱ伝説に基づく。
通り沿いの商店でつくる笈瀬本通商店街振興組合理事長の杉浦正義さん(76)によると、この地域で伝えられてきた伝説の内容はこうだ。
 川には昔、子ども好きな1匹のかっぱがすんでいた。
ある日、川でおぼれていた子どもを見つけたかっぱが、男の子に変身し命を救った。
それ以降、地域の人たちから「人助けのかっぱ」として親しまれた。
 商店街では、「家計助けのかっぱ」として、加盟31店舗のPRにかっぱを活用している。
伝説を商店街の振興に生かすアイデアは、杉浦さんの父国次さんが、当時の商店仲間たちと始めた。
 戦前に一世を風靡したコメディアンの古川ロッパ(1903-61年)に似ていた国次さんは、「ロッパ」と名付けたバラック建ての焼き鳥屋を戦後すぐにオープン。
50年代前半には「かっぱ市」と呼ばれる市場を開き、大勢の客が集まった。
伝説の効果もあってか、商店街は多くの日雇い労働者らでにぎわった。
59年の伊勢湾台風の後は、住宅の建設ラッシュに伴って、全国から来た建築関係者が集った。
 杉浦さんは、国次さんの死後、勤めていた会社を辞めて後を継いだ。
78年、笈瀬通を挟んだ向かいに2号店を開いた。
妻多枝子さん(73)と二人三脚で店を切り盛りし「休みなしでがんばったよ」。
この頃から客層はサラリーマンが次第に増え、周辺の開発に伴って、通りの雰囲気も変わっていった。
 先に商店街理事長に就いていた兄の悦郎さんが亡くなり、2006年に後を継いだ杉浦さん。
今では、年2回、手描きのかっぱのイラストを持参してもらい、優秀作を決めるコンテストも開いている。
杉浦さんの後を継ぎ、和食の「なごみ」と店名を変え再スタートを切った長男の悟さん(43)も、かっぱ伝説のPRに積極的だ。
「できる限り応援していきたい」と悟さん。
親子三代で商店街の盛り上げを支えている。
 昔ながらの下町の雰囲気を残す商店街。
2027年には東京-名古屋間でリニア中央新幹線が開通する予定だ。
「街並みは変わっても、かっぱの伝説は守り伝えていきたい」と杉浦さんは話している。

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下町風情残す商店街
 笈瀬通 名古屋市西区と中村区を、名古屋駅を通過して南北に走る通り。
昭和初期に通り沿いに流れていた笈瀬川を土管に通し、埋め立てによってできた。
笈瀬川は、岐阜県や愛知県を流れ、伊勢湾に注ぐ庄内川を水源に持ち、中川運河につながる。
通りの周辺には、名古屋の下町の風情が残る住宅街が広がっている。
笈瀬通の周辺には、かつて伊勢神宮の領地があったとの言い伝えもある。

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