« 名古屋・似顔絵楽座2015 竜王賞部門 (4/11-4/12) | トップページ | ベルギービールウィークエンド2015 (4/23-5/6) »

2015年4月12日 (日)

那古野、「なごの」と「なごや」混在

FineCity(ファインシティ)から北東約2000mに那古野神社があります。
先日の中日新聞に記事が載っていました。

----------------------<引用ここから>--------------------------------

150307nagono

 名古屋城外堀の南側にある那古野神社(中区丸の内2)の読み方は「なごやじんじゃ」。
だが、近くにある西区と中村区の地名「那古野(なごの)」の読み方に引きずられるのか、「なごのじんじゃ」と呼ばれることも多い。
 宮司の宮地俊彦さん(71)が着任した38年前も「なごの」と言う人が多かった。
だが、明治、大正期の刊行物には「なごや」と読み仮名が振ってあり、「なごの」は見つからなかった。
 神社はかつて名古屋城内にあり、天王社と言った。
明治に現在地に移され、1899(明治32)年、那古野神社に改称された。
「古くはこの辺りを尾張国愛知郡那古野荘(おわりのくにあいちのこおりなごやのしょう)といったので、守り神として祭ったのでしょう」と宮地さん。
 平安時代末期、那古野荘という荘園があった記録がある。
戦国時代に那古野城があったように、かつては「那古野(なごや)」と表記したようだ。
江戸時代に名古屋城ができてからは「名古屋」か「名護屋」と書かれることが多くなった。
なごやの語源は「ナゴ(方言で霧のこと)の多い原野」「魚子屋すなわち漁村」など諸説ある。
 西区の歴史に詳しい川原茂樹さん(70)は「なごのという読み方は明治以降」とみる。
有力商人の町と下町の境界だった今の西区那古野かいわいは、明治期に町村名が複雑に変遷。
もとは名古屋村だった辺りに一時期、那古野村が登場し、名古屋市への編入後に那古野町(なごのちょう)ができた。
1980年前後、周辺の明道町などとまとめられ、現在の那古野1、2丁目に至っている。

150307nagono2

----------------------<引用ここまで>--------------------------------

|

« 名古屋・似顔絵楽座2015 竜王賞部門 (4/11-4/12) | トップページ | ベルギービールウィークエンド2015 (4/23-5/6) »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。